「あなた、人を振ったことはある?」
マントをかぶった羊の頭が聞いた。
「あるわ。知らない人も、嫌いな人も、好きな人もぜんぶ」
「へぇ、だったらこっちだね」
羊はマントを翻した。体は無かった。いや、針金しか無いと言った方が正しいか。
「ご主人、いつものね」
羊がカウンター向こうのコックに言うと、コックは私と羊を順番に見て言った。
「いいや、お客さんなら直接注文とらねぇと。」
「どうせいつものしか出さないでしょ。」
「お客さん、何になさいます。」
コックは無視して私に聞いた。
「おすすめは、何なんですか?」
「そりゃもちろん、カレーですよ」
「やっぱりいつものじゃん!」
「じゃあ、それで・・・。」
私は羊に手をひかれ、テーブル席についた。
少し薄暗い、絵本の世界のようなバーだった。
「あなた、ここが何なのか気になってるんでしょ」
羊は席に座りながら尋ねた。
「ここは・・・そうね、はざま酒場とでも呼びましょうか。
夢と現実のあいだ、覚醒と朦朧のさかいめ、生と死の中間にあるはざま酒場。
あなたは今日は、夢からいらした。だから案内人はこのあたし。どう、わかった?」
まわりを見回すと、どの席にも私のような人間と、マントをかぶった相手が座っていた。
「あなたは今、夢で現実を見ているの。ここもあたしも夢で現実よ。
あら、いつものが来たじゃない。う〜んいい匂い。」
コックがカレーとウィスキーを運んできた。
夢なのに、なぜか湯気が生々しい。
「あんた、これは夢だって思ってるんでしょ。でも違うわ。ここははざま酒場。
夢じゃない。でも現実でもないフロアなのよ。」
私はじろじろと、羊の頭と体を見比べてスプーンを取った。
「待って!そのカレー・・・私にもくれない?」
「こら!お客さんの食べ物を奪うんじゃねぇ!」
コックが怒鳴った。
まぁまぁ、という顔をして羊が舌をひっこめた。